大切な人との死別、離婚、病気、仕事を失うことなど、私たちは人生の中でさまざまな「喪失」を経験します。
そんな喪失によって生まれる深い悲しみや心の痛みを「グリーフ(Grief)」といいます。そして、その悲しみに寄り添い、心が少しずつ回復していく過程を支えることをグリーフケアと呼びます。
グリーフは病気ではありません。
誰かを大切に思っていたからこそ生まれる、ごく自然な心の反応です。
しかし、「いつまでも悲しんではいけない」「早く元気にならなきゃ」と、自分を責めてしまう人は少なくありません。
保健師として多くの方の人生に寄り添ってきた中でも、大切な人との別れを経験した方が、「もう何か月も経つのに立ち直れません」と自分自身を責める姿をたくさん見てきました。
でも、本来グリーフには「正しい悲しみ方」も、「何か月で回復しなければならない」という期限もありません。
今回は、グリーフについて理解を深めるために、精神科医 エリザベス・キューブラー=ロス が提唱した「喪失の5つの段階」と、悲しみとの向き合い方についてお伝えします。
キューブラー=ロスは、大きな喪失を経験した人の心には、次のような変化が現れやすいと述べています。
突然の出来事を受け入れられず、「信じられない」「何かの間違いではないか」と感じます。
これは心が強い衝撃から自分を守ろうとしている自然な反応です。
少しずつ現実を理解し始めると、怒りが湧いてくることがあります。
「どうしてこんなことが起きたの?」
「なぜ助けられなかったの?」
「もっとできることがあったのではないか。」
怒りの矛先は、自分自身や医療者、家族、運命など、さまざまです。
「もっと早く病院へ行っていたら…」
「私が代われたなら…」
何度も「もしも」を繰り返し考えてしまう時期です。
喪失が現実であることを受け止め始めると、深い悲しみや虚しさに包まれます。
涙が止まらない。
何もする気が起きない。
誰にも会いたくない。
そんな時間が続くこともあります。
受容とは、悲しみが消えることではありません。
大切な人を忘れることでもありません。
悲しみを抱えながらも、「この人との思い出を胸に生きていこう」と思えるようになることです。
この5つの段階は、必ず順番どおりに進むわけではありません。
怒りが続く人もいれば、何度も否認と悲しみを行き来する人もいます。
その人の性格や環境、亡くなり方や関係性によっても大きく異なります。
だからこそ、「私はまだ立ち直れていない」「こんな感情を抱く私はおかしい」と思う必要はありません。
喪失を経験すると、
怒り
後悔
寂しさ
不安
孤独感
自責の気持ち
時には安堵する気持ち
など、さまざまな感情が湧いてきます。
でも、感情に良い・悪いはありません。
どんな感情も、大切な人を失ったからこそ生まれた自然な心の反応です。
感情を無理に消そうとせず、「私は今、こう感じているんだ」と認めてあげることが、心を癒やす第一歩になります。
死別を経験すると、
「早く元気になってね。」
「前を向かなきゃ。」
「いつまでも悲しんでいたら故人も心配するよ。」
そんな言葉をかけられることがあります。
もちろん、相手を思う優しさからの言葉でしょう。
でも、その言葉が「早く立ち直らなきゃ」という焦りとなり、自分を責める原因になることもあります。
悲しみには、その人だけの時間があります。
泣きたい日は泣いていい。
思い出を語りたい日は語っていい。
会いたいと思う日は、写真を見ながら涙を流してもいい。
悲しみを無理に押し込めるよりも、十分に悲しみ尽くすことが、結果として心の回復につながっていきます。
私は保健師として、多くの方の人生相談や健康相談に携わり、死別を経験された方のお話を伺う機会もありました。
そして実は、私自身もグリーフを経験した一人です。
60代の母と30代の従兄弟を、立て続けに乳がんで亡くしました。
大切な人がいなくなった現実を受け入れられず、何気ない日常の中で突然涙があふれることもありました。
「もっと何かできたのではないか。」
「まだ若かったのになぜ。」
そんな思いが何度も頭を巡りました。
保健師としてグリーフについて学んでいたはずなのに、自分が当事者になると、知識だけでは乗り越えられない悲しみがあることを痛感しました。
だからこそ今、悲しみの中にいる方へ伝えたいことがあります。
あなたの悲しみは、間違っていません。
泣いてしまう日があってもいい。
何年経っても思い出して涙が出てもいい。
それは、大切な人を深く愛していた証だからです。
悲しみを無理に消そうとしなくても大丈夫。
自分の心のペースを大切にしながら、一日一日を過ごしていけばいいのです。
グリーフケアとは、「悲しみをなくすこと」ではなく、「悲しみとともに生きていく力を育てること」だと私は考えています。
悲しみを急いで終わらせようとしなくても大丈夫です。
もしあなたが今、大切な人との別れの中にいるなら、自分の感情を否定せず、そのまま受け止めてあげてください。
そして、あなたの身近に悲しみを抱えている人がいるなら、無理に励ますよりも、ただ話を聴き、「つらかったね」と寄り添ってあげてください。何よりも温かなグリーフケアになります。